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⇔ Diá ⇔

iPhone写真、アナログ写真、随想、詩作、 覚書き など。

12 20 2015 Golden Field 〜〜 (ブログタイトル変更しました)

iPhone Photos 冬 Winter
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久しぶりに、郊外に走った。(私は乗せてもらっていただけ)

森を無理やりに切り分けて通した道路。両側には高く伸びた一糸纏わぬ木々がなだ
らかな斜面に幾層にも重なり、こちらを見下ろしているようだ。
美しい。
それぞれの形に伸びた幹。のびのびと張った枝。数ヶ月前までは豊かな葉を纏っていた彼らは、今は潔く裸一貫で越冬しようとしている。視界に現れては消えるそれらをきっと何千本、いや何万本もやり過ごした頃、何やら涙が滲み出た。その姿を私は撮り続けなくてはいけないとの確固たる思いが胸に満ちる。
 
車から降りる。午後遅くの陽はすでに浅い。日陰は冷たいが、まだ雪がないスキー場の斜面をゆっくりと登る。斜面の上に騒然と生えている大きな綿の実を付ける草も、もうすっかり荷を降ろして空っぽの殻をところどこに残してひょろりと細い茎だけとなっていた。
飄々と風にそよぐ雑草の群れが逆光に輝き、金色のカーペットのように空に繋がっていた。
 
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以上は昨年載せそびれていた記事。
今更と思ったが、やはり載せた。
 
このブログを開設して、そろそろ1年となる。
良い機会なので、ブログタイトルを変えた。
 
大した理由は無く、
ただ、先に使っていたタイトルは、お尻の一文字が一行目からはみ出して二行目に宙ぶらりんだったので、いつも気持ちが悪かった。
タイトルが内容を示す必要も特に無いように思い始めていたので、
思い切って短くした。
 
diá。
細かいことは割愛する。「通すもの」と捉えて使った。
気に入っている私営美術館の、名前でもある。
 
私は写真を撮るとき、
光を纏った草木や葉や石ころの姿を流す、ただの管としての務めを果たす思いでやっている。
ちなみに大判カメラの場合、カメラ本体である蛇腹は本当にただの管である。
だから、なかなか感じが出て良い。
「通すもの」と題したこの場所には、心に留まった景色、心にまとまった情景など、気ままに流していくつもりです。
 

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