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5 5 2016 再会

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考えを巡らしつつ歩いていると、突如鳥たちに行く手を阻まれた。

カナダ雁とカモメと鳩と家鴨たちの発する音が空でけたたましく入り乱れ、
みるみるうちに数を増していく
 
誰かが餌を撒き始めたのだ。
太ったお婆さんの周りで、鳥はみな食い気に勇んでキーキーバタバタと殺気立っている。
 
おおお。
恐ろしい。思わず後ずさる。
 
ふと横を見ると、先ほどは確か、鴨が二羽が座っていた場所に、鴨の雛がじっと座っている。
化けた筈はない、さっきまでいた鴨の子供たちだろう。
親はどこに行ったのか。
きっと食い気に走って飛んでいったのだ。
 
雛たちはしばらくの間身じろぎもせずに沈黙していたが、やがてヒヨヒヨと鳴き始め、立ち上がって頼りなくさすらい始めた。
 この辺は猫が多いので、とりあえず守ってやろうと雛鳥の後を付いて行く。
雛達は食い気で殺気立った鳥達の渦中に入って行くが、やはり恐れをなしたのか、そのうち川淵で立ち止まり、周囲を見回しながら声を振り絞ってヒヨヒヨヒヨヒヨと鳴き続ける。
 
と、向こうからカナグー(カナディアングースを私はそう呼ぶ)の大ファミリーがのっしと歩いて来た。
彼らはいつも両親が雛鳥を挟むように一列となって進むのだが、親鳥は列の前後で長い首を反らし、時々ろくろ首のようにグネリと回して周りを威嚇する。
 
両親が頼もしくしっかりと雛鳥を守るカナグーに対し、鴨の方は、どんなに子だくさんでも子育てをするのは母鳥だけである。母親は何かに気を取らるとすぐに我が子を忘れ、チビ達は腕白で、逸れるのがいても気にも留めない。
我が子の数も把握していないんじゃないか。
とうぜん雛鳥の生存率はとても低い。
最初は8羽から10羽いた兄弟達が、一羽減り二羽減り、全滅のときもある。カナグーと比べてはいけないが、どうにも頼りない、と映る。
 
そして、この時、踏んぞり返ったカナグーに奇妙な反感を覚えた。
よし、このチビ鴨達の親を見つけてやろう。
雛鳥が放置されてから5分、いや10分は経っているが、親鳥はまだ雛たちを忘れて餌に夢中のようである。
私は狂乱の鳥の嵐の中に踏み入り、すぐにさっきの2羽を見つけた。
人の顔は覚えないが、動物の顔の覚えは良いのである。
こっちだ。こっち向け。子供たちが探しているぞ、と念を送る。
 
親鴨は突然我に返ったかのように餌争奪戦から外れ、オロオロし始めた。
また念じる。
こっちだ、こっちだ。
 
親鳥はグワグワ鳴きながら、こちらにやってくる。
私はそのまま彼らを誘導する。
いいぞ、いいぞ。そのまま進め。
 
しかし動転している親は、雛鳥に気づかずにその横をそのまま通り過ぎてしまった。
チビ達は呆然としていたが、すぐに方向転換し、大慌てで岩を伝って川に飛び込んだ。
なんてことだ。
 
一方の親鳥はさっき座っていた場所に戻ると周りをさっと一瞥し、川に飛び降りた。
すぐに、雛の方が親を確認した。
必死に泳いで近づいていく。
そして無事に再会した。
親は平然とチビ達に目もくれずに何事も無かったかのように水を掻き、チビ達が付いていく。
 
私はなぜか涙した。 
誕生日に、いいものを見た。