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⇔ Diá ⇔

iPhone写真、アナログ写真、随想、詩作、 覚書き など。

弱さゆえの強情

引っ越しで掘り起こした昔の写真たち。
写っている自分はどれも笑っていて、空のようである。
暗雲はすぐに強風で飛ばしてしまうだろう、と思わせるような。
 
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これは中学1年の秋の運動会の一枚だ。
この中学では1年生は浴衣を着て阿波踊りを踊るのが慣わしだった。
 
阿波踊りは「連」と呼ばれる集団ごとに纏まって踊る。各「連」の先頭には、提灯持ちがいる。正しくは、連の名前を入れた提灯を高々と掲げた派手な竿を振っての音頭取りである。
 
運動会では1クラスがひとつの「連」となる。
私は入学後の体力テストで、自分より大きいスポーツ男子達を差し置いて一番背筋力と握力が強かったために多数決で提灯持ちに決められたが、これをシメタとばかりに引き受けた。
当時私は徳島暮らしが短く、踊りには自信がなかったのである。
練習ではクラスメートを引き連れて運動場に出場、円陣や編隊列を組む彼らの中心となって提灯を振る。華やかだが技量は不要、体力任せのポジションだ。
 
さて運動会前日のこと、
恒例の、まあ言えば、親子喧嘩をした。
母の外着用の浴衣一式を借りるはずであったが、「浴衣は貸さない。私の寝巻きを持って行け」と一言を投げつけられた後には一切の口を聞いてくれない。
祖母が母に作った寝巻き用浴衣のことだな。だが、あり場所が分からない。処分するものを纏めた袋を漁ると、祖母が寝間着として薄くなるまで着古した浴衣が出てきた。そして、幼児の頃に使っていた兵児帯も。これでなんとかなるだろう。
履物は、弟が高知への修学旅行で買って来た高下駄を借りた。下駄の上には黒々と墨で書かれた「龍馬」の字。龍馬さん、踏みつけ御免遊ばせ。
 
当日、適当にトイレで着替えを済まし、誰もいなくなった頃を見計らって教室に体操着を置きに入った。・・・筈だったが、まだ一組の親子が残っていた。
そのご母堂は、ご親切に私の滅茶苦茶な着付けも直してくれた。
もしそうでなければ、着崩れて、半裸で提灯を振ることになっていただろう。
 
写真は、一緒に写っている友達のご母堂が撮ってくださった。
 

 

思春期後半から急変して、様々な不調が身体に現れだした。
幼児の頃から、阿呆ぶり、間抜けぶりを晒すのは平気なのに、心や身体の弱さを見せることに恐怖を感じる。これは本能かも知れない。弱い自分を認めるのも怖いのである。
普通の暮らしさえ這々の態、そのくせ「身を守る備え」を考えることができない。
考えようとすると頭がフリーズする。
弱さを認めたくないが故なのである。
認めたら負けとの思いが、あるに違いない。
世の中のこともそうだ。
力も体力もないくせに、うまく身と心を添わしてゆくことが困難である。
いや、力も体力もあれば、素直に、上手く添わしているのかも知れない。
弱さゆえの強情なのである。
 
書いているうちに、
自分の人生を虚勢で乗り切れると楽観している、ビビり屋の自分が浮き彫りになってきた。
やはり、外に出してみることは大切だ。
自分以外の誰かに弱さを知られるという、緊張感が必要だ。
弱さゆえの強情。
このページでは、ここまでで良しとしよう。
(いつか消すかもしれません。)