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10. 11ー14, 2016 Tokushima

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秋の徳島は久しぶりだが日中は所用で郊外ばかりを旅していた。

 

駅付近でグレーの住宅や低層の商業建築が連なって、それらがまばらになると入れ替わるように田圃の明るい緑が広がり始める。この時ところどころで刈り入れが進み、見晴らしは良く、向こうに山が連綿と続き、鎮守の杜と柿の橙色が点在する、というのが汽車の車窓から繰り返す景色である。ある日はバスに乗った。田圃と商店街の景色がいくつか続いたあと、だんだんと山道に入り込み、蛇行して、紅葉の始まった小さな木々を通り過ぎる。形ばかりの停留所はあるが、ボタンは押さずに、運転手さんに行き先を告げる。ポツリポツリと石材屋や木材屋の営みを見たあとに、山間の古い商店街へ。

待ち合わせより1本早いバスで来た。少し先の停留所で降りて、逆戻りするように歩いてみることに。

商店街とは言っても、食べる店がない。それ以外の店もほとんど開いていない。移住してきた若者が始めた小さな弁当屋で昼ごはんを食べる。弁当は七百円の1種類のみ。12時を過ぎたくらいか、もう弁当は売り切れてしまった。「暮らしやすいですよ〜。家賃は1〜2万が普通ですよ〜。」

わわわ。

ならば短期滞在を目論むより、日本での拠点として家を借りる方が良いのでは。

 

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その夜、10数年来の年上の友人が連れて行ってくれた市内の老舗の寿司屋は、ずっと地魚だけを使って商売しているという。

北は瀬戸内、南は太平洋に面した徳島。改めて海産物の種類の豊富さに驚いた。

刺身を頼んだあと、使った魚の肝と胃袋をポン酢で出してくれた。クエと、なんだったか。

きれいに洗って処理されて、小さな輪っかとなった胃袋がなんとも美味だった。

 

街中も山間部も、歩道の空き地や山裾には秋桜がマストのようだった。

 

朝から晩まで、時刻表と時計と地図とにらめっこの優雅とは言えない滞在だったが、期間が短いから仕方あるまい。

最後の日には兵庫の舞子に出向き、ベルリンから大阪に来ていた友人と落ち合った。9年ぶり。

土地のことが良く分からず、ゆっくり話すために舞子ホテルに昼食に入った。大正時代の誰かの家。木材や調度が良く、待合室も静かに話せてよい。あっという間の3時間が過ぎ、友人が乗り場まで見送ってくれた。というか、一緒に4階までの階段とエスカレーターを駆け上がり、私だけ帰りのバスに飛び乗った。感謝。周囲には臨海公園があるようだった。京阪神からのアクセスも良く、便利な場所だった。

待合室でラムネ。久しぶりに飲んだ。

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