⇔ Diá ⇔

iPhone写真、アナログ写真、随想、詩作、 覚書き など。

不本意

検索で知りたくないことを知った。

だが時間が経つと不思議なトピックに思えてきたので、やはり記すことにした。

人体が喰われるグロさを含む話題なので、苦手な人は以下、どうかスルーしてください。

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前回のビデオ記事をアップした時のこと。

鹿の食事の様子を見ようと検索をかけると、グーグルの検索結果にずらりと並んだのはどれもが「人間の肋骨を食べる鹿」だった。写真やビデオのアイコンから全て同じ情報ソースらしいことが窺える。

 

言葉から喚起される事実もショックだが、

人間の骨を食べる鹿をどうやって観察したのだろうか?  

との好奇心が勝り、覚悟を決めて、ナショナルジオグラフィックのリンク先を見てクリックした。

そして知ったのが「ボディファーム」なる研究機関の存在だった。鹿が肋骨を咥えているのが観察されたのは、この研究機関においてである。

鹿が人骨を食べることの、数十段違いのショックだった。

 

鹿が肋骨を求めに来た理由は、骨に含まれているカルシウムやマグネシウムなどのミネラルを求めたのだろう、ということで、これは納得がいく。

 

さて、ボディファームとは、自然環境に置かれた遺骸がどのように分解していくかを研究する機関であるという。要するに、遺骸が放置されてその生物による分解の様子が観察されているのである。

アメリカに4箇所、テキサス、ユタ、あとはどこだったか。もう一度検索をかける気はないので中途半端で申し訳ない。

 

読んだ瞬間に激しい嫌悪感を持った。

ざらしの風景(匂いも含めて)を人工的に作り、それを観察しデータとして分析蓄積していくという行為の不気味さ、生命なきボディであるが、なぜだかクローン技術に抱くのと似たようなタブーを思わせる嫌悪感。これらが当初の印象だった。

 

読み進めると、遺骸の調達は本人による生前の登録、それに本人死後の家族による寄付がほとんどであるという。年間に1400体だかの寄付があるとか。

 

ここで、嫌悪感に異物が紛れ込んだ。

その提供の仕組みが解剖用の遺体の献体を思わせ、そして自分が解剖を「当たり前の仕組み」と受け止めていることを思ったのである。

私は医学や化学に絶対的な肯定感を抱いていないので、そのために自分の遺体を提供したいと感じたことはない。だがボディファームに提供することには魅力を覚えた。

理由は利己的なもので、土に還れるから、である。

 

私は昔から自分の死に際について、見渡す限りの丈の長い草が一斉に強風になぶられているようなどこかの草原をさまよっているうちに、力尽きてバタンと倒れ、「はい、これでお終い」、という強いイメージを持っている。

それがどこなのか、どんな状況に続くものか、そしてそれが貴方の理想ですか?と聞かれるとよく分からないが、まあ、死ぬ時はできれば楽に、他者に見られずにひっそりと、そして葬式やなんや面倒なことに絡め取られずに土に戻れたら、という思いは確かに、そして強く、ある。

葬式やら供養やらは生きている者の満足のためだと思っているが、どうしたって物入りだし面倒臭いものだと思う。だからいろんな生き物に食べてもらって土に戻っていくのが本望と言えば本望だ。

 

しかし今所属する社会ではそれが許されない。

そうすると、ここに献体するのもありか、登録する人にも同じような動機の人がいるんだろうな、とうすらボンヤリと考えてしまうのである。

 

 

白状すると、こういったトピックは意外と心に残り、後々に悪夢に変奏されることがよくあるので、自分一人の心の中に留めておくのが怖くてここに書いてしまった。巻き添え食わせてすみません。

後で消すかも知れません。