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7 12 1817. Thoreau's 200th Birthday

 (7.13 マイナー修正)

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(2015.5.12 Walden Pondにて)

 

今日はヘンリー デイビッド ソローの生誕200年目である。

 

「ソローと彼のジャーナル」展を観に行ってから、当時の人々に捉えられたソロー像にふと興味を持ち、折に触れゴソゴソと検索をかけては切れ切れにgoogle bookを拾い読んだりしていた。

 予想通り、というか予想以上に厳しく風変わりな人物として捉えられていたようだ。

 

それを知るための一番の手がかりとなるのは、ソローを超越主義サークルに引き込み、若き日のソローのメンターとして、また友として、生涯密接に関わった14歳年上のラルフ ウォルド エマソンの見解だと思っていたが、ソローが亡くなった時に彼が行なった追悼講演の全文を、当時それが掲載された「The Atlantic』誌(1857年創刊の硬派な評論雑誌)のデジタルアーカイブでそのまま読めてしまってびっくりした。

 

慧眼で理想主義者のエマソンはまた、講演の名手として有名であった。彼はアメリカ各地で引っ張りだこ、各地を駆け巡って講演料で大きな富を作ったという。

彼の人気ぶりを思うに、娯楽の少なかった時代、講演はエンターテイメントとしての要素が大きかったのだろう、とも思う。彼はなかなかの男前で長身で、講演時に当時の習わしで着用していたハーバード大学のガウンがとてもよく似合ったらしく、知り合いの一人は「今のロックスターみたいなもんだ」と言い放った。

それはどうだか分からないが*、そんな人々を魅了する彼の講演にも興味があった。故人となったソローを民衆に向けてどう語ったのか。長文だが超短に掻い摘むとこんな感じか。

 

ソローの不器用に見える生き様や社会性の欠落、野心の無さなど、エマソンとしては前途有望な若者にかけた期待を裏切られた落胆が入り混じったもどかしさまでを包み隠さない。しかし理想を求めて妥協しない精神性や、頑丈で器用という彼生来の肉体的な特徴も織り込みつつ、生身のソローを物質的、精神的に、生活者、理想主義者の2つの目線から同時に浮き彫りにし、最後の美しく壮大な締めくくりに引き込んで行く。

 

話の終盤で、彼は突如聴衆をアルプスのチロル地方に連れて行く。そして当時の人々にとっては熱いトピックの一つであった植物学を引用しながら、有名な高山植物であるエーデルワイスを語る。

高山の短い夏、容易に近づけない断崖に咲く白い花の美しさに魅了されて、あるいは恋人に請われてそれを得るために断崖によじ登るハンターは、しばしばその麓で手に花を抱え、遺体として発見される、という。

スイス名の「エーデルワイス」という語は「高貴な純粋さ」を意味している。

そしてエマソンは真実と純粋性を追い求めながら夭折したソローを「この花を手にする希望の中に生きた」と捉える。

 

このくだりで鳥肌が立った。

そうして最終的には彼の早すぎる死を惜しみ、彼の魂の浮世離れした高貴さを敬虔に受け止めて締めくくる。

 

当時のコンコードの町の様子や、新興国アメリカの知識人達がヨーロッパに対して持っていた態度まで生々しく伝わってくる。気が向いたり必要が生じたら、ここにボチボチ書くかも知れない。

それにしてもエマソン自身の語りで聞いてみたかった。

きっとドラマティックな語り部だったのだろう。

 

ご興味のある方は以下リンクです。(かなり長いのでPDFにしたら読みやすい)

 

www.theatlantic.com

 

ソローの誕生日なのにエマソンの描写と追悼になってしまった。

おまけに日が変わった。

ごめん、ソロー。

誕生日の終わりにやっぱり何か書いておこうと思ってやっぱり書けなかったが、私は貴方に深く感謝をしている。

いつもありがとう。

 

 

 

354x5andwords.hatenablog.com

 

エマソン概要と顔写真は以下でみられる。美男なんだか分からないが、面魂がある。

上記*について:

彼の思想は完全に当時のロックであり、エンターテイメント性と併せると「ロックスター」とは言い得て妙だと思ったが、筆が先走って否定してるみたいな書き方になったので補足まで。

ラルフ・ワルド・エマーソン - Wikipedia