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8度目のニューメキシコ①:1月14日(Albuquerque-Rio Ranchos)

昨日帰宅。空港を出ると表はマイナス15度、強風。北国に戻って来た。

いつも空港口は迎えの車の出入りでごった返しているが、黒人の整備員と中国人らしき車の運転手が双方今にも殴りかからんばかりに激しく揉めている。立ちっぱなしで無法者の整備、どれだけ大変なことか。

 

 

これから何記事かに分けて、8度目となるニューメキシコの1週間の旅の覚書きをしていく。

今回は人に会うことが多く、そんなに写真も多くないので、日記風に、シンプルにいきたい。

 

13日の夜中Albuquerque空港着。空港ホテル泊。気に入っている定宿だがいつも眠れずに夜が明ける。

14日、曇り。早めの昼をAlbuquerque 北部、Corralesとの境目あたりのレストランでとる。

Ei Pinto @ Albuquerque 

がっしり大きな木造とアドビの建物、大きなファサードの広々した店内。テキーラのボトルキープがいっぱいに詰まった戸棚。昼はバフェをやっており、見せてもらうと品揃えが美味しそうだったのでそちらにする。

サルサワカモレ、エンチラーダス用グリーンチリのソースなど、料理の添え物がやたらと美味しい。グリーンチリシチュー、タマレ(玉蜀黍粉の生地で具を包んで蒸しあげたもの)も。

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相方の皿から:皿の一番上部がタマレ。右はチリレレーノス(グリーンチリにチーズを入れて玉蜀黍粉で包んで揚げた天ぷら)

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ご存知の方が多いと思うが、アメリカでは去年年末から連邦政府閉鎖が続いている。
この旅ではペトログラフ国定公園に行きピン太で撮影するつもりだった。閉まっているのは分かっているが、
一応様子を見に行く。

ゲートは閉じており張り紙がある。

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中に歩いて入ることはできるが、一番行きたい場所はゲートからかなりの距離がある。相方にはゲートの外で待っていてもらい、近くのペトログラフサイトの様子を見る。

残念だがどこまで歩いても撮影には不向き。記念に一枚。

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 黒い岩の表面に描かれているが、ピン太ではとうてい捉えられない。

 

 

その後、人に会いに地元のナーシングホーム(リハビリ施設)へ向かう。

会うのは入院患者ではなく、そこで定期的に慰安演奏を行なっている方。会うのは初めて。

ナーシングホームのほとんどはお年寄りで、認知症っぽい方もいれば、曲に乗って楽しそうにはしゃいでいる人もいる。我々が会場に入って立っていると、遠くの席の老人がこの椅子使いなさい、と空いている椅子を勧めてくれる。

電子ピアノのイフェクトを駆使しての独奏で懐かしいロック、ポップス、カントリー、フォクロアなどの曲目を英語、スペイン語で歌って演奏し、歌も上手い。

電子ピアノ、ステレオ、アンプ、コードなど全て一人で持ち込みで、その労力に恐れ入る。

予定ではお茶をしてから、サンディア山の夕暮れ絶景スポットに案内してくれるということになっていた。

ニューメキシコとサンディア山をこよなく愛していて、サンディア山を一望できるエリアに住んでいる。サンディアとはスペイン語で西瓜の意味で、夕日に照らされると燃えるような赤に染まるのである。

 夕暮れまでに時間が押していたので、お茶は飛ばしてサンディア絶景ツアーへ。

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この日はちょうど太陽が沈むあたりに雲が多く、全部が輝かなかったのが残念そうだったが、それでも最後に一部輝く姿を見ることができた。

最後のトレイルは私は不眠で体力が消耗しており、話し続ける二人のずいぶん後ろをついて行った。

途切れ途切れにUFOの科学的な証拠や地元の不動産情報の話が聞こえてくるのは興味深かかった。

そしてニューメキシコ州はこの30年間で人口にほとんど変動がないということも。