01 24 2017 日本での、その他
滞在最後までざっと流す。
東京に戻りまとまった時間ができたある日、相方に声をかけて国立科学博物館で開催中のラスコー展に行った。フランスからの巡回展で原寸大のレプリカが呼び物だが、むしろ周辺展示がとても良かった。
アリモノ材料を買っての現代と違って、材料、どころか天然素材切り出しからなる道具作りから始まるわけで、現場での顔料(土や木炭や獣脂、樹液などを使って)作り、洞窟を照らすための十分な松明用の獣脂作り、何人ものチームを組んで梯子や弁当を持ち込んでの大プロジェクトだったことが理解できた。
描くプロセスも手が込んでいる。壁面の凹凸や空間を活かした動物表現は、線描や多色重ね塗りや意図的な塗り残し、さらには岩への彫刻の組み合わせによる線と面との効果が計算されていて、現代の画家がやっていることと変わりがない。
ここで、今や当たり前と思っている平面が、もとは水面以外に無かったことに、はたと気づく。
また、「民俗学者、先史学者アンドレ ルロア=グーランの分析」というパネル展示も面白かった。
ラスコー洞窟の動物の描かれ方には様式があり、また動物以外に扇型、四角形、枝分かれなど様々な記号が書かれているのだが、ルロア=グーランは、「ラスコー洞窟は動物像がある論理によって配された聖域である」としてこう言っている。「洞窟の壁画は単なる具象表現ではなく共通の思考を表している」、様々な記号については、「私はそれを書字に近いものだと強く信じています」と。
ラスコー洞窟に残っているということは、それ以前にもきっと記号が使われていたはずで、文字の起源は意外と古いんじゃないか、と思うとゾクゾクする。
そしてその「共通の思考」に思いを馳せる。彼らにとって、生命の、そして自分たちを取り巻く環境の概念はどんなものだったのだろうか。
流すつもりが引っ張ってしまった。石器時代、好きなもので。
館内の殆どで写真撮影はできたが、人が多かったこともあって撮っていなかった。
時間を先送りにして帰米日へ。
今回はカナダ航空を使って羽田空港からのフライトだった。羽田での楽しみは、浅草梅園の豆かんである。気のせいか、以前より混みだしている気がする。
余談だが、護国寺駅の「群林堂」という和菓子屋さんに以前は甘味処が併設されていた。心太と豆かんが絶品で、所用の際に立ち寄るのを楽しみにしていたのだが、数年前に甘味処を閉めてしまった。
浅草梅園は今回も混んでいた。豆かんをひとつ食べて店を出たが、また引き返して、持ち帰りを買って機内で食べた。
これでもう、未練はない。
安全検査を済ませてゲートに向かう。レストランのディスプレイが目を引いた。
正面からだと分かり難いかもしれないので横からもとる。
この間、相方は他人のふりをしていた。
食べ物の美味しい日本。情熱燃やし過ぎ、いう気もするが。
母にもらった梅。徳島のホテルで3分咲きに。ペットボトルの口を切って、そうっと差し入れて東京に持ち帰ったが、移動中にほとんどの蕾が落ちてしまった。