⇔ Diá ⇔

iPhone写真、アナログ写真、随想、詩作、 覚書き など。

昨日、帰宅

 

明るくてぴかぴかで整然としていて物と食べ物の溢れる空港から、薄暗くて殺風景で古ぼけてて職員やる気無しの空港へ。落ち着くのは断然後者だ。

 

家に戻って心からほっとした。時差ボケと疲れはあっても気分は爽快だ。

日本では相当に緊張していたんだと思う。

 

数年前より、日本に帰るとどこか外国に来たかのような緊張と違和感を覚え出した。それは徐々に強まっていく。

日本も変わるし私も変わる。その隔たりがどんどん開いてゆくのは、当然といえば当然だ。

定期的に帰国することで多少のアップデートはあっても、それより遥かにボリュームのある異地での日常が私の中に染み込んでいる。

日本を長く暮らした異地と思えばさほどでもなかろう。そこを母国であると思うことが、余計な違和感を生じさせる原因でもあろう。

いや、思い返せば、日本で暮らしていた時も違和感で押しつぶされそうだった。だから出て行った。

今はその違和感を、内からではなく外から感じている、というのが正しいのかも知れない。

 

メールやテキストなどでのコミュニケーションがどんどんと苦しさを増しているのもどうしようもない事実。使わなければ錆びる。特に、カジュアルすぎることと無礼への恐怖から、丁寧さの加減がおかしい。

 

そしてとうとう読む方にも支障が出てきたようだ。

今朝、日本で買った衛生用品のパッケージに書かれているコピーをふと読んだ。「・・・。外見だけでなく、見えないところでの気遣いがあなたの自信や輝きを引き出します」

思考が止まった。

いや、分からなくても良いのだけど、もし大半の日本女性が分かるというのなら、やはり現代を生きる上で、小さな兆しと捉えても良いだろう。

 

 

くだらない話にお付き合いいただいてありがとう。書いて少し頭がすっきりした。