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帰国の記録 ④9月28日、奈良(高畑)

志賀直哉の文章が好きだ。

2年前、広島にゆく時に尾道に一泊し、彼の仮住まいを訪ねた。

その時はつづら折りの石段をずいぶん高くまで上り、たどり着いたのは見晴らしの良い、二間と土間の部屋二つから成る小さな長屋だった。

縁側に出れば、瀬戸内海まで遮るものは何もない。その景色に面するように、部屋の真ん中に仕事机が置かれていた。

彼が景色をどれだけ大事にしていたかをこの目で知った。

 

今回訪ねた志賀直哉旧邸のある高畑町は、奈良公園に隣接した静かな界隈だった。

古くから春日大社神職の居住まいとして拓かれた地域とのこと。

古い土塀や石垣、公園から続く木々を眺めるのが楽しくて、季節外れの夏の暑さもそれほどには気にならない。

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志賀直哉旧邸着。門から入ったところ。いきなりちょっと残念な注意喚起。

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いや、よそ見をすれば気づかないこともあろう。顔をぶつけるのは嫌なものだ。

 

 

靴を脱ぎ、玄関に用意してある白いビニルの袋に靴を入れて詰め所で見学料を払う。荷物の預かり所はないようだ。

 

陽の高い時刻だが玄関や廊下は薄暗く、涼しい。

まず一階廊下の奥まで進み、志賀直哉の夏の仕事部屋を見る。北に面した西洋風の角部屋で大きな窓が二つ。ひんやりとしている。大きなどっしりとしたデスクと椅子。書棚。やっぱり窓から見る景色が美しい。

 

 

2階にも仕事部屋。こちらは和室。8畳だったかな。

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座した時に景色がよく楽しめる低い位置に大きな窓。

 

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一幅の景色。

 

 

障子のひとつひとつに赴きがある。

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数人が働いていたであろうと思わせる広々とした台所は、陽当たりも良くて、機能美の満ちた空間だった。大きな棚、大きな流し、幾つもの火口。そのどれもが機能的で美しく、ソファを置けばそのまま居心地のよいカフェにでもなりそうな風情だった。

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配膳口を持つ棚。ここからどんな料理が出されたんだろう。

 

 

意外にも風呂場は暗くて寒々しい。

広い空間にぽつんと置かれた檜の湯殿。

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 そこから見えるのは殺風景なコンクリートの洗い場。

不思議な空間だった。

 

いよいよ「高畑サロン」と呼ばれた一階のサンルーム・・・だが肝心の部屋空間全貌を撮っていなかった。たぶん部屋のあちこちに置かれた資料やチラシやパンフレットが嫌だったんだろう。

 

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壁の向こうはゲスト用食堂。(下の写真)

 

 

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この背後に黒革のソファ。座り心地よかった。

 

 

この右手の出入り口、庭に面した廊下。

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庭の柿の実が綺麗に色付いていた。

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家は志賀直哉自身が筆を取って設計したそうだが、茶室は棟梁の好きにさせたそうで、出来あがるまでどんなものになるか知らなかったそうだ。好みと拘りの強いイメージだったので意外で面白かったが、棟梁を信頼していたんだろう。

 

この家に住まったのはたったの9年だったそうだ。

 

その後、地図と標識を頼りに奈良県入江泰吉写真美術館へ向かう。

道の風景が楽しい。

 

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燃やした後の松明を飾ってある家。

「平成二十九年   新薬師寺修二会   籠たいまつ」と書いてあった。松明担当の記念?

 

 

成るがままに任せた壁と生えるがままの樹木たち。

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自らの影と戯れるツタ。

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美術館では入江泰吉が撮った高畑界隈の写真展をやっていた。

当時と今の景色を重ね合わせて違いを見たり面影を見たり、彼が交流した文化人たちの集いの様子やポートレートも、その地で観ると生々しくて面白かった。

志賀直哉武者小路実篤柳宗悦、etcの文化人サークル、いたるところでつるんでいたのがなんだかおかしい。 

 

美術館を出て喫茶店を探す。

独特の組み方の煉瓦壁がずっと続く通りがあった。

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ぽつんと立っている喫茶店に入ると一人の常連と思しき男性がオーナーと喋っていたが、後には我々の貸し切り状態となり、静かに話すことができた。

気づくと予定時刻を大幅に遅れていた。

それでも「話し足りない、聞き足りない」。

あぁ、もっとゆっくり居たかった。

 

 

しかしまあ、奈良とはなんと、のどやかで、おおらかな土地だろう。

駅前の空がこんなに大きく、通りがこんなにゆったりしているのは、周囲の文化遺産もさることながら、生きた鹿達のおかげと思われる。鹿を思っての街づくり、とまで言ってしまうと大袈裟だろうか。

 

大阪に用事がある時は奈良に泊まって通いたい。そして奈良でゆっくりと過ごしたい。

 

急いで梅田のホテルに戻って着替えをして、別の友人との待ち合わせで本町へ。そしてその友人が内装を手掛けた料理屋へ。この友人と会うのは10年ぶり。お世話になったお礼をしたかった。ようやく会えて良かった。

 

 

尾道志賀直哉旧邸と、尾道の景色。

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