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断髪の記録(11/ 10 / 2019)

11月10日、伸ばしていた髪を、36センチほど切った。

記録していないが、おそらく4年ほど、最初は2ヶ月に一度、残りの1年は4ヶ月に1度に毛先を整えてもらいながら、伸ばした。

寄付をするため、うなじの生え際ギリギリで、2つに束ねてから切ってもらった。

毛束を切る音は、ジョリジョリと、首の後ろから、また頭皮と骨を伝わって、内側からも聞こえてきて、首でも切られているかのように、むずむずと気持ち悪い。

 

切られた毛束を渡され、自分の体温に驚いた。その柔らかな重みに、身体の一部が切り離されたという奇妙な感覚を持った。それは持っている間ずっと続いた。ヘアカットが終わると、それらを新しいジップロック袋に入れて、やや肌寒い外を歩き回ったが、数時間たってもまだ生暖かく、生き物のようであった。ますます生き物を感じさせる奇妙な感覚だ。それは自分の身体の一部だったが今は違う、のだろうか。

身体の後ろにあった髪の重みが無くなると、歩き始めに身体の重心を取るのにちょっとした苦労をした。美容師さんによると、毛先まで同じ太さを持つ、重い毛らしい。

とにかく気分がすっきりした。

 

その夜にシャワーを浴びていて、奇妙な思いが浮かんだ。「自分の身体も、自分のものではないのだ。」

では誰のものかというと、地球である。

「地球からひとつまみの素材を借りて、機能させている「借り物」に過ぎないじゃない。」と。

色々と問うべきこともあろうが、ともかくこの時「地球一つまみを借りたもので所有者は私ではない」ということが、私の内で確かな位置を占めたことだけを、ここに書き留めておきたい。

人様からお借りしたもの、有効に使わせていただきたい。